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2010年5月12日水曜日

選択するかしないかを悩む。

今日もお友達と会ってきた。
ご飯食べてちょっとお話しして、それだけだったけどとても楽しかった。
彼女とは週1くらいのペースで会っているな…。

最近あみぐるみやぬいぐるみをつくりたくて、そして働きたくている。
学校に所属しているし焦らなくても一年後には(卒業するのか退学するのかわからないけど)嫌でも働かなくてはならない状況になると思うんだけどね。

自分のやりたいことが見えていて、そのためにお金がいるので働きたい、というのは勿論ある。
自分のやりたいこと、をするのに、学校を卒業しなければいけない、という条件がなくなってしまったから学校へ行くモチベーションが下がっているのだろうなあ。

卒業して、就職しよう、と思っていたけど、方向性が変わってきた、とそういうことなのだと思う。

中途半端にずるずると学校に所属していなくてもいいのだろうけど、今、学校へ行かずに出来ることをしてみてもいいのかもしれない、と思って悩んだりはしている。
創作したり、仕事したり。
今思い悩み期間なのだけど、ちょっと創作しようとは思っているのであった。

2010年4月18日日曜日

きいてもきいても

やめたらいいってわかってるんだけどなんども同じことをして、なんども同じように悲しくなる。
向こうがやめたらいいって思ってるかは知らないけど、なんども同じことしてくるし、おたがいさまなんだろうか。

おたがいさまだとしても悲しいのはなんでだろうか。
わかってるのにそうしてしまう自分自身がかなしいんだろうか。

2010年4月7日水曜日

りにゅーある

りにゅーあるすたーと、だ。

来週から授業がはじまります。

久しぶりに会う友人とはやっぱりちょっとぎこちなくなる。
心をゆるしてないのかな。
これからまた色々話すことになるから緊張するのかな。

はじめのうちはそれなりに学習意欲もあるのに、
なんでそんなにたたないうちにどうでもいいや、になっちゃうんだろう。

わからない、理解できないからどうでもいいや、なんだろうか。

少なくともじぶんのことはまだ全然わからない。

2010年1月3日日曜日

2009年12月18日金曜日

なくてななくせ

逃げるのと
謝るのと
まれに死にたくなるのと
全部どうでもよくなるのと
人が急に嫌いになるのと

…思いつくのそれくらいかな。
ダメな癖
治らないね
最近ひどいね

自分…自分さ
ほんとに逃げちゃだめなのかな

さみしいしかなしいしもう好き好んでまでやるまいとおもってたけど
でもちょっとやってもいいかなくらいにはここのところ調子がよろしくない

えっ

自分×ねばいいんじゃね?

衝突しよう

逃げるよりも衝突していくなりその場での回避を覚えたりする方がいいのだと
先日科の先生に言われたのであった。
��先生に言われたことについて考えてまとめようとおもっているうちに週末だ)



…あのね。
知らないほうがいいけど、それでもやはり知らないことは他人にとってはイライラしたり面倒だったりすることなのだろうなあ、と思ったりする
木曜に友人と話していてそれはそう思ったのだけど
それでも自分は知ったふりはできないし、
しらないということを伝えてそれでおとなしく邪魔をしないようにしているしかできなかった

知っていてなおかつ見ないふりをするのが一番負担でないような気がするのだけれども
知らなくていいと思っていることを知ってそして見ないふりをするのはそれは
それは潤滑に生きていくための


自分に必要なことなのか?



解決は見ないような気がする このままではよくない気がする またいつかぶつかる気がする
衝突を繰り返すだけではなにも変わらないのだ

衝突したらなぜ衝突したのか衝突せずにすむにはどうしたらいいのかそのまま進んでいいことなのか 考えなければ変わらない…よね



知ってるけどやっぱり自分は見ないふりしてるだけなんじゃないの?
今日起こした衝突についてそう思ったりするよ
知ってるんだ知ってるような気がするんだでも見ないふりしておきたいよ
…おそらく正確には知らないから見ないふりもできずにその場で固まってしまうのだな
自分がどうすればいいのか、わからなくなるんだろうね
それがわかったからといって解決方法が見えてくるわけでもないけど

2009年12月14日月曜日

にげにげ

理由はわからないけど何かにおびえている

逃げたい気がしている


何から逃げたいんだろう

2009年12月13日日曜日

あおぎみるには

歳が上でもどうしようもない人は尊敬などなどできないよなあ

きちんと重ねて行っているひともいるけど

崩れている人のほうが多いんじゃないかと最近おもう

2009年12月12日土曜日

夢想すること

人を見るのも考えるのも楽しいけど
そのたびにわからないことばかり増えていく

面白いけど不思議

そうでなければ自分は人を好きにはならなかったと思う


見たくないような汚い部分も捨ててしまいたいような部分も見ないではいられない
わからない部分だけがいつまでもきれいなんだ たぶん

制作メモ

フィギュア制作

表面を作るときはヘラで均し→指均しの順が手間が少ない

2009年12月10日木曜日

りかい

他人の世界はどうなっているんだろう

自分に手の届くものがまるで届かなかったり
自分に見えないものが見えていたり

違う理由もいっぱいあるんだろうけど、話して理解できることなんだろうか

他人の見る世界をそのまま見てみたいような気がする

そのまま見ても中身が違っちゃうからやっぱり別の世界になってしまうんだろうか

2009年12月5日土曜日

視線

自分の力で知りうる範囲のことでしか自分には本当ではない

血肉にならない情報は山ほどある

本当を見つけたところで誰と共有もできない

誰とも同じ世界にはいない

肉体と、辛うじて伝わるだけの小さな言葉で、自分たちは触れ合っている

自分なりの本当は、自分を安心させるためだけにあるのだ

消失

自分の気持ちなんてなくたって生きていかれるよな。

2009年12月4日金曜日

TVショウ

最近めっきりTVなど見なくて、家で何をしているかといわれるとインターネットに呑まれてぼんやりしてるか課題をしているかくらいしかない。

��Vを見なくなってきたのは見ているとしんどくなってくるからなんだなとたまにTVを点けて気付く。


ニュースとこども向け番組とお笑いと刑事ものドラマくらいしかまともには見てなかったけど、一日中点けっぱなしにしてた頃もあったなあと思い出した。


ニュース見て時事を知るのは嫌いではないけど、世界がきらいになってしまう。ばかみたいだ、と自分から遠い出来事にしてしまう。

ひとをころしたニュースも脚色された刑事ものドラマも、なんだかもうこわくてみられない。
理由はじぶんのなかにはっきりしている。見ないほうが落ち着いていられる。


こども向け番組とお笑い番組はいまもたまにほんの少しだけ見たりするけど、やっぱり長いこと見ていると疲れてしまう。


特にTVを見ていなくても、世界を詳しく知らなくても、他に娯楽はたくさんあるし、生きていかれるのね。
時事ニュースを知らないというのは多少生きていくのに問題はあるかもしれないけれど、知らずにいたほうが自分の生きている世界を嫌いにならないで済む、と思ったのであった。

2009年12月3日木曜日

びりびりっ

ひるまねむたくてねむたくて音楽をずっときいてた


ねむたいときに思いもかけないこと起こると、すっごいびっくりするねぇ〜

自分いつもの四倍くらいびっくりしたとおもう

まだ思いかえしてショック受ける


あんなにねむかったのに気になってねむれなくなってきたぞぅ…!

2009年12月2日水曜日

2ヶ月ぶんのくすりは高い

不定期目医者だった


��ヶ月(だか3ヶ月だか)ぶんの薬と診察で結構かかる

じぶんは薬を貰うときすごくかなしくなる
ビタミン剤は大概飲まずにいるし捨ててしまうのでいりません、って言ったほうがいいのかもしれない

おじいさんみたい、って薬のたば見ながらおかしくはおもうんだけど

病気じゃないっていわれるのに薬処方されるのも、それを飲んでも治るわけじゃないっていうのも、かなしくてしかたない

薬飲んでるとかなしくなるから毎食後に飲めって言われてるビタミン剤は見ないようにいつもしまってしまう

せめて病気だと言われるならあきらめもつくのかもしれない(病気で苦しいひとには失礼なことばかもしれないけど)


診察でグロッキーになってるからつらいだけだきっと
すぐげんきになるよ
泣きそうだなんてうそだ

2009年12月1日火曜日

急に

なぜか急に光GENJIをきちんときいてみたくなった。

自分ガラスの十代もよく知らないんだ。


最近聴いてみたい音楽がちょっと増えてる。
音楽番組とか見なくて情報いっこも入ってこないのにね ふしぎ

2009年11月30日月曜日

解放とか見返りとか

ちょっと前に学校中庭で声あげて泣いてる女子がいたことを思い出した。
慰めてる子にすがりつくみたいにして泣いてた。

何があったのか全くわからないんだけど、
��恐らくいっこ下の学年の子だったし)
声あげて人前で泣けるのってすごいな…とおもったのだった


自分声あげて泣いたのはずいぶん前のことだし、憶えてるのもその一度きりだ。
人前で泣くことはしないようにしてきたし…


泣いてた子のこと、ちょっとうっとおしいとも思ったし慰めてるの大変じゃないかなとも思ったけど、ほんのすこしうらやましかったな。


なんでか今日ふっと思い出してしまったのだった。

2009年11月28日土曜日

いつかのはなし

よけてとおりたい話があって、それをよけてよけてきたがためにもう近づけもしない、ということはよくある。

いまも触らないようにとおまきにみて、近くまできてしまったらわからないふりをして通り過ぎるまでまてばいいとおもう。

よけてみないふりしているの、誰かにはわかってるかもしれないけど、それでも近づけないんだ。
もう自分でも、たとえ昔経験があったことでも、ほとんどわからないことになってるんだと思う。
遠すぎてすごい厚いガラスの壁があるみたいな感じ。


これからもよけていきたい話はあるとおもうんだけど、そうできないときもあって、それは話しているヒトをイライラさせるかもしれないと思ってはいる。
でも自分としてはそうしていないとつらかったりするんだ。


いつかぱりんとわれるかもしれない。
それは結構こわいことではある、よね。