2009年12月10日木曜日

りかい

他人の世界はどうなっているんだろう

自分に手の届くものがまるで届かなかったり
自分に見えないものが見えていたり

違う理由もいっぱいあるんだろうけど、話して理解できることなんだろうか

他人の見る世界をそのまま見てみたいような気がする

そのまま見ても中身が違っちゃうからやっぱり別の世界になってしまうんだろうか

2009年12月5日土曜日

視線

自分の力で知りうる範囲のことでしか自分には本当ではない

血肉にならない情報は山ほどある

本当を見つけたところで誰と共有もできない

誰とも同じ世界にはいない

肉体と、辛うじて伝わるだけの小さな言葉で、自分たちは触れ合っている

自分なりの本当は、自分を安心させるためだけにあるのだ

消失

自分の気持ちなんてなくたって生きていかれるよな。

2009年12月4日金曜日

TVショウ

最近めっきりTVなど見なくて、家で何をしているかといわれるとインターネットに呑まれてぼんやりしてるか課題をしているかくらいしかない。

��Vを見なくなってきたのは見ているとしんどくなってくるからなんだなとたまにTVを点けて気付く。


ニュースとこども向け番組とお笑いと刑事ものドラマくらいしかまともには見てなかったけど、一日中点けっぱなしにしてた頃もあったなあと思い出した。


ニュース見て時事を知るのは嫌いではないけど、世界がきらいになってしまう。ばかみたいだ、と自分から遠い出来事にしてしまう。

ひとをころしたニュースも脚色された刑事ものドラマも、なんだかもうこわくてみられない。
理由はじぶんのなかにはっきりしている。見ないほうが落ち着いていられる。


こども向け番組とお笑い番組はいまもたまにほんの少しだけ見たりするけど、やっぱり長いこと見ていると疲れてしまう。


特にTVを見ていなくても、世界を詳しく知らなくても、他に娯楽はたくさんあるし、生きていかれるのね。
時事ニュースを知らないというのは多少生きていくのに問題はあるかもしれないけれど、知らずにいたほうが自分の生きている世界を嫌いにならないで済む、と思ったのであった。

2009年12月3日木曜日

びりびりっ

ひるまねむたくてねむたくて音楽をずっときいてた


ねむたいときに思いもかけないこと起こると、すっごいびっくりするねぇ〜

自分いつもの四倍くらいびっくりしたとおもう

まだ思いかえしてショック受ける


あんなにねむかったのに気になってねむれなくなってきたぞぅ…!

2009年12月2日水曜日

2ヶ月ぶんのくすりは高い

不定期目医者だった


��ヶ月(だか3ヶ月だか)ぶんの薬と診察で結構かかる

じぶんは薬を貰うときすごくかなしくなる
ビタミン剤は大概飲まずにいるし捨ててしまうのでいりません、って言ったほうがいいのかもしれない

おじいさんみたい、って薬のたば見ながらおかしくはおもうんだけど

病気じゃないっていわれるのに薬処方されるのも、それを飲んでも治るわけじゃないっていうのも、かなしくてしかたない

薬飲んでるとかなしくなるから毎食後に飲めって言われてるビタミン剤は見ないようにいつもしまってしまう

せめて病気だと言われるならあきらめもつくのかもしれない(病気で苦しいひとには失礼なことばかもしれないけど)


診察でグロッキーになってるからつらいだけだきっと
すぐげんきになるよ
泣きそうだなんてうそだ

2009年12月1日火曜日

急に

なぜか急に光GENJIをきちんときいてみたくなった。

自分ガラスの十代もよく知らないんだ。


最近聴いてみたい音楽がちょっと増えてる。
音楽番組とか見なくて情報いっこも入ってこないのにね ふしぎ